ERな人 VOL.4 FENNICA DIRECTOR テリー・エリス/北村恵子

VOL.4 FENNICA DIRECTOR テリー・エリス/北村恵子

photo / Kazuharu Igarashi text / Koji Toyoda

 

1906年創業のアメリカンワークブランド〈スミス アメリカン〉。

1960年代にメイド・イン・USA物の草分けとして日本流通するようになって半世紀。

その魅力は決してリアルワーカーのためだけではない。

様々な分野のエキスパートたちにその良さを大いに語ってもらった。

 

 

〈スミス〉のペインターパンツは、ソウルボーイの制服。

1970年代、イギリスの若者やキッズは皆ダンスに夢中だった。ソウル、ジャズにファンク。ダンスホールに鳴り響く音に合わせて、隣のアイツよりも目立てるようにと、一心不乱にステップ&ステップ。その激しいダンスを影で支えていたのが〈スミス〉のペインターパンツだったということは、実はあまり知られてない事実かもしれない。

 

「スミスの白いペインターパンツは、ユニフォームだったんです」そう話すのは、ビームス「フェニカ」のディレクター、テリー・エリスさん。当時はまだ13歳のティーンネイジャー。誰よりもダンスとソウルに夢中で学校が終わったらクラブに出かけていたそうだ。

 

「さすがに当時も13歳の少年を受け入れてくれるクラブはなかったですが、“アフタヌーン クラブ”というティーンネイジャー向けのクラブがあったんです。とにかく踊りたくてしょうがないから、“部活”みたいに通っていましたね」

 

70年代のロンドンと言えば、誰もがシド・ビシャスやジョニー・ロットンのようなパンクスタイルを思い浮かべるが、シティのお洒落な子たちはパンクよりもソウルに夢中だった。

そんなソウルボーイと呼ばれた彼らのモットーは、“外出して、ドレスアップして、ひたすら踊る”こと。エリスさんもそんなソウルボーイファッションに身を包んだ一人だった。

 

「その時代の日本の中学生が放課後にみんな白い体操着に着替えるように、僕らはアフタヌーンになると〈スミス〉の白いペインターパンツに履き替えて。トップスはバンドカラーシャツやビスコース素材のドレッシーなシャツを羽織ってタックイン。足元は〈シェリーズ〉製の白黒コンビのレザーソールというのが暗黙のルールだったんです」

 

アメリカでワークウェアとして生まれた〈スミス〉は、約5,500kmも離れたロンドンの街中においてファッションウェアとしての立ち位置を揺るぎないものにしていたのだ。

「当時はインターネットもない時代だったので、「アメリカのクールなシティボーイはみんなスミスを履いているらしいよ」と言った噂が口コミで広がって、いつの間にかソウルボーイの僕らにとって欠かせないアイテムになったのかも。これらが定番になりえた経緯は詳しくわかりませんが、とにかく格好良くて、ものすごくタフだった。‘70年代の洋服と言ったら、洗ったら破れたり、予想以上に縮んでしまったり、扱いに困るものがとても多くて。ワークウェアという大前提があるけれど、〈スミス〉のペインターパンツは何度洗ってもびくともしない。連日激しい踊りに明け暮れても破れる気配すらない。だから、どんなパンツより一際輝いて見えたのかも知れませんね。ピッタリとした腰回りのフィット感に、ほどよくワイドなストレートシルエットもセクシーだった。白とインディゴはもちろん、イエローやレッドのブライトカラーなども揃えていましたね。大袈裟に言えば、お洒落することの楽しさは、〈スミス〉で覚えたのかもしれませんね。僕にとってこのペインターパンツはノスタルジアそのものなんです」

そんなノスタルジアは、エリスさんと一緒に〈フェニカ〉をディレクションする北村恵子さんも実は同じ。彼女もまだロンドンに渡る前の1980年代前半頃に、〈スミス〉のペインターパンツが相棒だった時代がある。

 

「あまり恥ずかしくて言えないですが、当時波乗りをやってまして(笑)。平日は〈ケンゾー〉のオフィスに通い、週末はサーフボードを担いで湘南の海へ。〈スミス〉のペインターパンツと〈トップサイダー〉がユニフォームだったんですよ。‘80年代前半の日本でもその存在感はすでに揺るぎないものになっていまして、ハンマーループの備わったデニムパンツを街や海で見ない日はなかった。それこそサーフィンとは無縁な“ニュートラ”のお姉さんたちもそれらしきものをピッタリとしたサイズ感で履かれていて。それはそれはとてもかわいらしかったですよ」

 

時代もスタイルも違えど、〈スミス〉のペインターパンツは、ビームス「フェニカ」が出来上がるまでに欠かせないバックボーンであった。それだけ思い入れの強いアイテムだけに立ち上げ当初からずっと扱ってきたのかと思いきや、実は2021年秋冬からやっとラインナップに加わると言う。一体、なぜ?

これはエリスさんのソウルボーイ時代へのオマージュを捧げたスタイリング。〈スミス〉のペインターパンツ¥14,300(税込)、〈オカモト商店〉×〈フェニカ〉のシャツ¥29,700(税込)、〈ユックス〉のシューズ¥37,400(税込) (以上すべてフェニカ ☎︎0353687300

 

「実はあのペインターパンツが、ずっと作り続けられていることを知らなかったんです。今年になって、当時と近いオリジナルの雰囲気で作られているモデルがあると聞いて、『これはフェニカでやらなきゃ』とエリスと話していたんです」(北村)

 

こちらはDEMOBを彷彿とさせるスタイリング。ソウルボーイが下火になった後、クラフトワークに代表されるDEMOBスタイルの中で〈スミス〉のペインターパンツは定番に。〈スミス〉のペインターパンツ¥14,300(税込)、〈シュガーケーン〉×〈フェニカ〉のカバーオール¥27,500(税込)、〈ムーンスター〉×〈フェニカ〉のシューズ¥10,450(税込) (以上すべてフェニカ ☎︎0353687300

 

「「フェニカ」が大事にしているのは、リスペクト・フォー・ヴィンテージ。そんな意味でもこのペインターは、僕らが扱ってきた商品と同じなんです。このフォルムやタフな素材には、洋服本来の本質が宿っている。‘70年代当時を知る者たちにとってはノスタルジアであり、それを知らない若者にはこの良さを伝えていきたい。ちょうどいいタイミングだったんじゃないかと思います。僕はもう当時のソウルボーイスタイルのようには履けないけれど(笑)、ぜひ若者たちに挑戦して欲しいなと思います」(エリス)

 

テリー・エリス&北村恵子

1986年にビームス ロンドンオフィス勤務時代からバイイングを担当。〈ダーク ビッケンバーグ〉や〈クリストファー・ネメス〉など、ロンドンの新しいデザイナーを日本にいち早く持ち込むとともに、90年代中頃から北欧家具や柳総理のバタフライスツールなどの日本市場に改めて紹介。2003年に「フェニカ」を立ち上げ、日本や世界に伝わる伝統的な手仕事のものの良さを啓蒙する。

 

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(フェニカ レーベルページ)https://www.beams.co.jp/fennica/

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