ERな人 VOL. 93 武田 駿平(俳優 [チーズfilm])

ERな人 VOL. 93 武田 駿平(俳優 [チーズfilm])

photo, text, edit by NAOKI KUZE 

 1906年に創業したアメリカンワークブランド”SMITH’S AMERICAN”(以下スミス)1970年台に日本で流通するとリアルワーカーからアメカジフリークまで、ジャンルレスに様々な人々に愛され続けてきたブランドです。このウェブマガジン「ERな人」では、そんなスミスを身にまとった現代で様々な役割を持ち活躍する”ERな人達の仕事やライフスタイルをご紹介していきます。

 

武田さんの地元浅草にて取材を行った。

 

ー長年ミュージシャンとして活動されていた中で、俳優に転身されたのはなぜですか?

武田 駿平 (以下 武田): 10代の頃から、実はずっと映画への憧れはありました。ただ、音楽との出会いがあまりにも大きくて、気づけばバンドに夢中になっていたんです。それでも、実は心のどこかにはずっと「芝居をやりたい」という気持ちがあって。音楽を続けながらも、その想いが完全に消えることはありませんでした。27歳くらいのときに一度、その気持ちが強く溢れたことがあったんですけど、結局そのときは大きな行動には移せず、時間だけが過ぎちゃって。それからまた数年経って35歳になったタイミングで、旅先の温泉に浸かりながらふと「もう35か~」と思ったときに、「え?35?」って。僕は10代の頃から、心のどこかで「自分はいつかスペシャルな人間になれる」って、根拠もなく信じていたところがあったんですよ()。でも気づいたら、何者にもなれていないまま時間だけが過ぎていて。

ー武田さんは過去にフジロックやサマーソニックなどの大型フェスにも出演されるような輝かしい経歴を持った上で、何者にもなれていないっていうように思われているのは非常にストイックですね。

武田: もちろん音楽は真剣に取り組んできました。でもあの温泉に浸かっている時は「ああ、もう何かになれるかもしれない時間って終わったんだな」って感覚が一気に押し寄せてきたんですよね。崖っぷちに立っているというより、もうすでに崖から「うわぁ!」って落ちていて、あとは落ちて死ぬだけって気持ちで。それから考えたのが、じゃあ極端な話、明日もし死ぬとしたら、自分は今何を一番後悔するんだろうって。そう考えたときに浮かんだのが、芝居をやっていないことだったんです。挑戦すらしていない。その事実が一番の後悔だと思ったんです。音楽に関しては、確かにこれまでいろんな形で挑戦してきた実感があって、表現の仕方を変えたり、いろんな人とやったりもしてきた。でも芝居だけは、本当に何もしてこなかった。そのことが、あの時はっきりと「一番の後悔だ」と思えたんですよね。ずっとモヤモヤしてたけど、やっとパーっと迷いが晴れたというか。やんなきゃってなったんです。

ー俳優を目指そうと決心して、まずはどのようなアクションを?

武田: ちょうど2年前の1月末頃だったんですけど、そこから本当に、何をしたらいいのか分からなくて、とりあえずスマホで映画・俳優・オーディションって検索してみたんです。そしたらオーディション情報がいくつか出てきて、「もう、これ全部送ろう」って思って。とにかく数を当たれば何か起きるだろう、っていう感覚でした。最初の1ヶ月だけで、確か30件くらい応募したと思います。正直、何がどうなるかなんて全然分からなかったですけど、動き出さないと何も始まらないと思って。とにかく手当たり次第、できることをやってみようって、そんな気持ちでした。

ー結果はいかがでしたか?

武田: 10代の役から40代の役まで、とりあえず応募資格を満たしているものには全て応募していたんですけど結果は散々でした()。落選の連絡すらもちろんなくて。「あ、俺、完全にスルーされてるんだな」って自覚すると同時に正直ショックでした。でもダメだった理由は明確で、そもそもプロフィール写真がiPhoneで適当に自撮りしたとにかくひどい写真だったんです。「そりゃ相手にされないよな」って、自分でも納得するレベルで。それで、これまで音楽をやってきた中で知り合いだったカメラマンの先輩に「芝居を本気でやりたくて、プロフィールをちゃんと作りたいんです」って相談して。そうしたら「私も30代後半でカメラマン目指したよ、想いは勝つよ」って言ってくれて。スタジオを借りて、ちゃんとした写真を撮ってもらったんです。それからプロフィールの中身も全部見直しました。最初は「特技:ギター」みたいな書き方しかしてなかったんですけど、そうじゃなくて、フジロックや、サマソニ、SWEET LOVE SHOWER、りんご音楽祭のようなフェスに出演したこととか、どんなバンドで、どんなステージを踏んできたのかとか、ちゃんと書くようにして。「真剣に音楽をやってきた人間なんだ」って伝わるようにしました。

 

ーそれだけの経歴があったのに特技みたいに書いてしまっていたんですね。それは勿体無い。

武田: はい()。そうやってプロフィールを改めて作り直して、最初に応募した30件のオーディションに、もう一度全部送り直したんです。正直、結果は変わることはないと思っていたけど、自分の中では「ちゃんとやったぞ」っていう感覚が欲しくて送り直しました。それからは毎日、朝も夜もオーディションサイトをチェックして、新しい募集が出てたらすぐ応募して。そんなことを続けていたら、初めて「書類通過」の連絡が来たんです。それが、映画美学校っていうところの学生さんの短編映画でした。その連絡をもらったときは本当に嬉しくて。やっと一歩、役者の世界に足を踏み入れた気がしました。実際にオーディション会場に行ったら、周りは自分より10歳以上若い子たちばかりで。それでも、「あ、ちゃんとここに来られたんだな」って、すごくワクワクドキドキしながら、「武田駿平です!35歳です!やる気だけはめちゃくちゃあります!」って言って。実際のオーディションでは、もちろん芝居なんて全然うまくできなかったし、正直、手応えがあるかと言われたら全然なかったんですけど、オーディションを受けさせてもらえているっていうことがものすごく嬉しいしありがたいし、もうただただ楽しかったんですよね。結果的に、そのオーディションは無事通って、その作品で主演をやらせてもらえることになったんです。

ーついに受けることができたオーディションで主演の座をつかんだのは素晴らしいですね。初めての撮影はいかがでしたか?

武田: 役者の道は自分から進みたくて進んだわけですけど、いざやってみたら芝居が自分には全くハマってないわってなる可能性もあったわけで、もちろんそんな風に思いたくもないんですけど。でも可能性がないわけじゃないから撮影を経験するまではとても怖かったんですよ。短編映画の撮影自体は、3日間くらいだったんですけど、その中で一瞬だけ、今まで味わったことのない感覚になる瞬間があって。バンドのライブでも経験したことがないような、なんというか、自分の居るフロアの隅から隅まで、空間の全てに自分の神経が通っているような感覚というか。自分の中に全部収まっているような、不思議な感覚でした。そのシーンは怒る芝居だったんですけど演じているというより、相手役の方の表情を見たら、本当に怒りが内側から込み上げて。自分でも驚くくらい自然に、感情が出てきたんです。その体験があったことで、「本当に自分は芝居がやりたいのか」っていう確認作業は、もう終わった気がして。あのときはっきり、「これは続けたい」「役者の道を選んで間違ってなかったな」って思えたんです。

ー現在は俳優事務所にも所属されているようですね。

武田: 動き始めてから9ヶ月くらいはとにかく毎日行動目標を立てて動いていたんですが、検索して出てくる情報にも限界はあるし、年齢的にも35歳で焦りを感じていたので、もっともっと役者の世界の内側に入っていくには事務所に所属した方が良いなと思って探していたんです。それで応募したのがチーズfilmの所属オーディションでした。チーズfilmは所属者の方のお芝居や、代表の戸田彬弘監督の作品を拝見して、お芝居に対しての実直な姿勢というか、ストイックな空気感を物凄く感じていたので、そんな場所にいられたら自分にとってはこれ以上ない環境なのではと思いオーディションに挑戦しました。信じられない結果でしたが「年齢的にも決して楽ではないし、茨の道だけど、それでも本気でやる覚悟があるなら、一緒にやりましょう」と言ってもらえたんです。

ー温泉に浸かって決意してから事務所所属が決まるまでどれくらいの期間だったんですか?

武田: 大体10ヶ月ぐらいですね。期間だけでいうと「全然苦労してないじゃん」って思われそうではあるんですけど、年齢も年齢なんでとにかく焦っていたし、とにかく人生の中で1番行動しまくった期間でした。

ー俳優として、今後挑戦したいことを聞かせてください。

武田: この1年、いろんなオーディションを受けたり、数は多くないですけど実際に現場に立たせてもらったりしてきて、改めて強く思ったのが、「もっともっと芝居がしたい」っていうシンプルな気持ちです。もうそれが一番強いですね。去年から今年にかけて参加した作品もあって、来年公開になるものもあるんですけど、それでもやっぱり、もっと中心に近いところで関わりたいっていう思いが強くて。もっと出番のある役、もっと物語の核に近いところで関わりたい、っていう欲がどんどん出てきています。だから、2027年に向けて、自分が思い描いている場所でちゃんと戦えるように、2026年はとにかく目の前の一つひとつのチャンスを掴みにいくしかないなって。映画も出たいし、ドラマにも出たいし、舞台も今はすごく意識して観るようになりました。とにかく実力をつけて、ちゃんと仕事を取って、芝居をやり続けたい。一個でも多くの作品に出たいっていうのが、今直近で自分がやりたいことですね。少し遠いところでやりたいことは、自分が出演するだけじゃなくて、音楽も自分で作って、それを一つの作品として成立させたい、みたいなことも考えるようになってきました。極端に言えば、一人芝居みたいな形でもいいし、音楽と芝居がちゃんと結びついた表現をやってみたいなって。そういうことを、ぼんやりではあるけど、最近は考えてるんです。

 

ー武田さんが演じて、音楽も手がける作品はまさに武田駿平そのものですよね。是非観てみたいです。

武田: 考えてるだけだと、また気づいたら何年も経っちゃいそうだなって思って。だから、なるべく早めに何かしら動き出したいなって思ってます。バンドでギターをずっとやってきたっていう経験が、結果的に今の自分の武器にもなっていて。実際、音楽をやってきたからこそ頂けた仕事もあって、今年もMVに出演させて頂いたりとか。そういう経験を重ねる中で、演じることと音楽、その両方を自分の中で一つのものとしてちゃんと繋げて、面白い映像作品を生み出せたらいいなって願望はあります。あとは今まで音楽をやってきた中で「いつかバンドで海外に行く」っていうのは、ずっと一つの夢だったんですよね。何か自分のやってきたことを携えて世界を見たいっていう気持ちはずっとあって。でも実際にはまだそこには辿り着けてなくて。だから今は、俳優として日本以外のいろんな国の作品にも関わりたいって思っています。違う国で育った人と一緒に一つのものを作って、その作品を通じて世界中の人と出会うという体験がしてみたいです。

ー最後に武田さんのワークスタイルのこだわりを聞かせてください。

武田: 服を選ぶときって、仕事でもプライベートでも、たぶんずっと自分の中にひとつ基準があって。それは「自分の心に嘘をついてないか」っていうことなんだと思うんです。おしゃれかどうかとか、流行ってるかどうかとか、正直あんまり分からない部分もあるんですけど、それよりも「今日の自分は本当にこれを着たいか」っていう感覚のほうを大事にしていて。それと同時に人からどう見えるかっていうのは、たぶん子どもの頃からずっと意識してきた部分でもあって。だからそれも踏まえて「今日はこれだな」っていう感覚がちゃんと自分の中にあるかどうかは、すごく大切にしてますね。もちろんTPOはあるし、役や現場に合わせることも大事なんですけど、その中でも「今の自分だったらこれを選ぶな」っていう感覚を、ちゃんと信じたいというか。ライブのときもそうですし、普段の服選びもそうなんですけど、自分の中でちゃんと腑に落ちるものを選んでいたい。そうやって、自分に嘘をつかない選択を積み重ねていくことが、結果的に表現にもつながっていくんじゃないかなって思っています。だから芝居関連の現場に行く時は今日みたいにワークウェアを選ぶことが圧倒的に多いんですよ。ワークウェアは居心地が良いんですよね。だから緊張感がある現場でリラックスしたい時はワークウェアを選んでしまうんですよ。

ー俳優の方はスウェットとかジャージを着ているイメージはありますけど、武田さんがSMITH'Sのワークウェアを選ぶ理由は?

武田: スウェットとかジャージだと眠くなっちゃうんですよね()。スーツだとシャキってするしその感じも好きなんですけど、俳優になってからますますワークウェアを選ぶ機会が増えてて。最近の芝居のワークショップに参加したときも「緊張してんな」って思って意識的にカバーオール着てましたからね()

 

武田 駿平 @sp.monk

俳優[チーズfilm]

東京都台東区出身。学生時代に音楽と出会い、5人組バンドボトルズハウスのギタリストとしてフジロックフェスティバル’12に出演を果たす。バンド活動と並行し、ミュージシャンとして多様な形態で様々なステージや音楽番組などへも出演する。35歳を機に俳優を志し、20251月からチーズfilmに所属。現在は映画・ドラマ・CMMVなど映像作品を中心に活躍。

<出演情報>

ショートドラマ「センプラ 相方が親友で時どき恋人」(伴内役)がDMM TVにて配信中。

その他出演する長編映画、長編アニメーション作品などの公開が控えている。