ERな人 VOL. 86 板井 亜沙美 (Designer)


ERな人 VOL. 86  板井 亜沙美 (Designer)

photo, text, edit by NAOKI KUZE 

 1906年に創業したアメリカンワークブランド”SMITH’S AMERICAN”(以下スミス)1970年台に日本で流通するとリアルワーカーからアメカジフリークまで、ジャンルレスに様々な人々に愛され続けてきたブランドです。このウェブマガジン「ERな人」では、そんなスミスを身にまとった現代で様々な役割を持ち活躍する”ERな人達の仕事やライフスタイルをご紹介していきます。

ー板井さんのお仕事について教えてください。

板井 亜沙美 (以下 板井): 説明が難しいのですが肩書きはデザイナー、、、グラフィックデザイナーですかね。なんですけど、結構色々やっています。説明が難しいのですがクリエイティブにまつわるものを、最近は色々手広く。私はスモールビジネスをやられてる方々のお仕事が多いので、それこそもう、グラフィックデザインの制作に携わるだけでは収まらず、限られたリソースで動くクライアントの場合は素材を描き下ろしたり、撮影も自らを行いますし、そこから画像を仕上げて、リーフレットなどのデザインに落とし込むこともあります。デザイナーっていう肩書きの中で、ビジュアルに関わるものを割と手広くやっていますね。

 

ーデザイナーでありながらカメラの装備がガチですよね()

板井: 写真はもう本当に趣味で、ただただ好きで撮ってて。それこそフィルムとかも、現像こそ自分ではしないんですけどフィルムカメラも好きでずっと撮っていました。撮るっていうことは細々ずっと続けてはいて、iPhoneが出てからはカメラから離れた時期もあったんですけど、子どもが生まれる前ぐらいからまたフィルムカメラに戻ったりして、そこから今はミラーレスカメラにどっぷりハマってしまっているという状況です。

板井さんの愛機は“Nikon Zf”。オールドの単焦点の他、Zマウントのズームレンズは標準から望遠域までカバーしているあたりに強いこだわりを感じるレンズラインナップ。

 

ー板井さんのカメラ装備が本当にある程度の商業撮影にも対応できるレンズを揃えられているのが驚きです。

板井: もうなんか行く先々で、とにかく常に撮ってるから、「板井はカメラやってる人」っていう風にみんなに認識されていて()。ありがたいことに私の写真が好きと言ってくれる方もいらして、あくまで「デザイナーが撮る写真ですよ」っていうところを理解していただいた上で、デザインの延長上として撮影させていただくこともあります。

 

ー昨年独立されたとのことですが、何かきっかけがあったんですか?

板井: 大学を卒業してから紆余曲折を経て前職の会社では進行管理から学ばせてもらい、20代半ばからは晴れてデザイナーとしてのキャリアがスタートしました。そこから14年間その会社に勤めていました。20代の後半は終電まで働いて、もうそれこそてっぺん超えてタクシーで夜中帰ってまた始発で会社に行って、みたいな働き方をしていて気づいたら30歳近くくらいになっていたんです。目の前の仕事に追われる生活を続けていたけど、「自分ってこのままでいいでいいのかな?」と少しその先のことも考え始めるようになっていったんです。社内にあらゆる案件をアートディレクションをする絶対的な存在がいて、その方がデザイナーとしての私の育ての親なんですけど、いちデザイナーとしてその人の劣化版のコピーみたいになってしまっている自分がいるなと思うようになって。この状況を打破するにはどうしたらいいんだろうって考えてたんですけど、当時の私は答えを見出すことが出来なかったんです。それでも日々仕事を続けていくなかで、徐々に仕事の領域も変化し、カメラマンさんやライターさんなど出版業界で働くフリーランスの方と接する機会が増えてきました。当時の私にはフリーランスでやっている方もたくさんいらっしゃって、私には仕事で関わりのあるフリーランスで働く人たちがものすごく生き生きと輝いて見えたんですよ。私も自分の足で歩いていきたいなと思う反面、全てが自身の責任で動かなければいけないことにビビってしまう自分もいて。やっぱり私は会社の中で生きていくんだろうな、なんて思って過ごしていたんです。そんな中、妊娠して産休に入ったタイミングでコロナ禍も重なり、世界全体が一時停止したようなタイミングでSNSを始めました。色んな面白い人と繋がったり、仕事の延長線上で繋がっている人とコミュニケーションをとっていく中で、また別の世界が見えた気がして。そこでやっぱり独立なのかなっていう想いがだんだん強くなってきて。産休が明けてからは会社に戻ったんですけど、繋がりの中で出会う人たちは、自分の足でちゃんと歩いてる人が多かったから、改めて自分が進みたいのはこっちなんだって確信に変わりました。とても長い時間を掛けてしまったんですけど、昨年晴れてフリーランスのデザイナーとして活動を始めることが出来ました。

LES HALLES JACKET / UNEVEN CORD /  RED

 

14年間勤められた会社から独立されて、生活はどのように変わりましたか?

板井: もう楽しさしかないですね()。思っていたよりかは、収入面は安定して得られるっていう状態にもっていけたので、肩の荷が降りたっていうのはあるんですけど。それ以外でとにかく何をするにも自己責任っていう状態が、実は私にとっては意外と気持ちが良かったんですよね。

ーというと?

板井: 会社員の時は、これやってって言われたらその仕事に取り掛からないといけなかったし、そこに何か疑問を持っていたとしても、もう案件として走っているものなので、ひたすら一緒に走って行く他なかったんです。でもフリーランスであれば、仕事依頼の相談をされた時に自分が走り出すかどうかを一応決めてもいい状態になれることは私の中では大きくて。私の本心は納得しないと本来進めないタイプなんで、臨機応変にやってる風な時もあるんですけど、やっぱ納得してない時って、うーんって思いながら手が止まることもあったりして()。だからこそフリーランスで仕事を受けた時は、基本的には自分の中で納得してしているから、疑念なく走れるのが清々しいし、今ほんとにこの状態がベストなんだなって思っているんです。フリーランスになってやっぱり全てが自由だし、仕事とプライベートの境界線がどんどん曖昧な状態になっていってて。仕事と暮らしにまつわるインタビューを受けた際に、よく「オンオフの切り替えは?」と質問をいただくことがあるのですが、正直オンオフの切り替えがないんですよね。

ー良い意味で休みのない楽しい日々を過ごされているんですね。

板井: それが私は働くっていう意味でいいんじゃないかなって思うんです。それで言うと私は一生働いてたい。好きなものに関わって「いいものを作りたい!」みたいなのがもう根底の欲求として常にあるから、それが果たせるのであれば、プライベートと言われる時間みたいなのが曖昧になっても全然良くって。家族を巻き込んじゃうのはちょっと申し訳ないんですけど、でも家族もその生き方であってほしいぐらいに思っちゃうんです。泥臭く、効率も気にせず自分のライフワークとライスワークと、オンとオフがもうない混ぜになってるぐらいの方が、自分は多分合ってるなっていうのを感じる。だから今はベストな状態なんです。

ーワークスタイルのこだわりを教えてください。

板井: 服を着る際にストレスがないっていうのはやっぱり第一条件ですね。デスクワークの時とはまた別なんですけど、撮影とか自分でカメラを構える時は結構動き回ったりするので、そういう業務に対してストレスがないとか。あとタフな作りの服がすごく好きです。仕事と暮らしにまつわるインタビューを受けた際に、よく「オンオフの切り替えは?」と質問をいただくことがあるのですが、服は古着が多くて、繊細なデザインのものをたまにひとさじ入れるのも好きなんですけど、基本的には結構タフネスな感じが好みで。だからワーク系の質実剛健な、服を作ってるブランドは結構応援したくなるんです。そこに自分の遊び心とか、繊細なものとか、パンチ効いてるものとか混ぜたりして、コーディネート組むのが結構好きだったりします。生地がしっかりしてるとか、汚れても大丈夫とか、そういうものの方がやっぱ長く着れるし、経年変化を楽しめるものが基本的に好きなんですよね。だからSMITH’Sのカバーオールもポケットがたくさんついていてワークウェアとして信頼がおけるし、この赤の色味も着込んでいくことでどんな経年変化をするのか楽しみなんです。人間も年取ってる方が楽しくないですか?私は楽しいって思いたい。色々経験して踏んづけられたりしてる人間の方が味わいが深いじゃないですか。私は服をよく汚しちゃうタイプなんで(笑)。だからヒラヒラがついた繊細な感じの服よりかは、「汚れてますけど何か?」ぐらいのものの方が好きなんだと思います。

取材時に、板井さんには実際にフォトワークにも出ていただいた。

 

ー今後の展望を聞かせてください。

板井: 元々デザイナーは自分で何かを生み出す人じゃないと思って始めた仕事なんですよね。クライアントから、「こういうものを伝えたいです」っていう課題が与えられて、そこに応えるために、情報整理して、ビジュアルを整えて、アウトプットするっていう、クライアントありきで仕事するのがデザインの仕事だと思ってるんで。だから私は自ら何かを自発的に生み出す人間ではないって思ってたんです。絵を描くことはずっと好きだったけど一時、絵が描けないってすごい悩んだ時期があって。描かないといられない欲求とか衝動が溢れ出てくるような、そういうタイプの人間ではないなということを、大学生の時に美術部に入って気づいたんですよね。どちらかというと、自分はデザインの方が向いていそうだなと。娘は絵を描くことが好きで、私も側でその様子を見ているのですが、絵が好きな子って自分の線が出てくるんですよ。でも私は感覚を研磨していって、最終的にこういう風に見えたら良いのかなって割と客観的な目線で構成していく人間なんだっていうのを感じて、それからは絵はあんまり描かないっていう風に決めてたんです。でも心の中では、自分でものを自発的に作っていきたい欲もあって。そんな時に、シルクスクリーンのワークショップの依頼をいただいたんです。先方からの企画の指定や制限なんかも特になく、私の好きなテンションやムードを初めてデザインに落とし込むみたいなことをやって、意外にも自発的なものづくりが楽しいという感覚が生まれました。だから絵を描くとかも含めてなんですけど、自分の名前でものを作るっていうことをちょっとずつ増やしていきたいなって思っています。根底にある思想はデザインなのですが、そこの派生として絵を描くし、写真も撮るし、あらゆるビジュアルを通してこれからもものづくりをしていけたら幸せですね。

板井 亜沙美 @tgwasm1116

Designer

14年間勤めた制作会社から2024年に独立しフリーランスに。出版物や広告などを中心にデザイナーとして活躍する。

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