ERな人 VOL.6 IPMatter グラフィックデザイナー 古川正史
ERなひと VOL.6 IPMatter グラフィックデザイナー 古川正史
photo / Kazuharu Igarashi text / Koji Toyoda
1906年創業のアメリカンワークブランド〈スミス アメリカン〉。1960年代にメイド・イン・USA物の草分けとして日本流通するようになって半世紀。その魅力は決してリアルワーカーのためだけではない。様々な分野のエキスパートたちにその良さを大いに語ってもらった。
スミスのワークウェアにだって、シルクを刷れる。
「Independent Printed Matter」。略して「IPMatter」。参宮橋駅から徒歩5分の場所に昨年末にオープンしたこちらは、グラフィックデザイナーの古川正史さんが切り盛りする謎めいたスペースだ。高円寺のセレクトショップ『KIOSCO』と闇市のようなポップアップショップを手がけたり、NYのアートプロダクション「PAPERWORK」とZINEを作って、そのお披露目イベントを開いたり、独特な作風で知られるイラストレーターの中村桃子さんの展示をやったり。ジャンルレスに活動するがゆえ、知れば知るほど、ここがお店なのか、ギャラリーなのか、一体なんなのかわからなくなる。
“祭り”の日時が近づくと、仲間を呼び寄せ、夜な夜な“シルク”でプリント。
「平日も人がふらっとやってきて、『今日はやってないんですか?』と言われることもあります(笑)。でも、『IPMatter』は、店でもギャラリーでもないんです。簡単な言葉を使えば、オルタナティヴ・スペース(多目的空間)と言ったところ。お店やアーティストと組んで、ポップアップや展示を開催するときだけに開かれる縁日みたいな場所ですかね。と言っても、そんなスペースは東京を探せば、いくらでもあるじゃないですか? だから、『IPMatter』では、どんな展示でも僕がこれまでに培ってきたシルクスクリーンプリントという手法とセットにすることを基盤にしています。ただ、作品をキュレーションし、壁に飾るだけじゃなくて、彼らと一緒になって会場作りに印刷物、はたまたシルクステッカー、Tシャツ、Zineなど。製作込みで“ここでしかできないこと”を表現するプラットフォームなんです」
上/シルクスクリーンの製版。今回、シルクでDIYしたワークウェアには、『IPMatter SUPERSTORE』の織ネームを裏返しにして、縫い付けられている。
1Fは、DJブースが備わったパーティスペースや可動式の屋台のような物販スペースは、「IPMatter SUPERSTORE」。「Trash Gallery」と名付けられた2Fは、“お祭り”のときはその名の通りギャラリーと化すが、普段は古川さんのアトリエスペースとして稼働する。次の展示の構想を練ったり、すでに進行中のプロジェクトの打ち合わせや製作を作者との二人三脚で手がけたり。シルクスクリーン印刷機やフットペダルのバキューム機、コピー機などの機材が置かれ、そこかしこには制作途中の作品や古川さんが影響を受けたいろんなものが無造作に転がる。そんなアトリエを眺めていると、まるで古川さんのカオティックな脳内に足を踏み入れた感じがして面白い。マイルドパンクスとでも名付けたい古川さんと〈スミス〉は一見縁もゆかりもなさそうだが、その通り! 今回はあえて古川さんに〈スミス〉のワークウェアを調理してもらったのが、今回の「ERな人」。一筋縄じゃいかないシルクスクリーンプリンターは、ブルックリン生まれの老舗ワークをどう見る?
シルクスクリーンギャング、古川さんがプリントすると〈スミス〉のワークウェアも全く別物に。ジャケット「ANORAK」¥16,500、ペインター型のイージーパンツ「LOAFER PANTS」¥8,800
「〈スミス〉は、シティで働く人のためのユニフォーム」
「〈スミス〉はもちろん聞いたことがありますが、袖を通したことはなくて(笑)。中学生の頃からスケートボードが相棒だった僕にとって、もっとも身近なワーク物の代名詞と言ったら〈ディッキーズ〉の「874」でした。申し訳ないですが、〈スミス〉のワークウェアは、アメリカと言った重厚な雰囲気なのかなぁくらいのイメージで。でも、今回初めて手に取った実物はその印象とは全く別物でした。確かに無骨な雰囲気が漂いますが、よく見るとアノラックの裏地はパープルの別珍素材ですし、ペインターパンツの表地にはソフトタッチでストレッチの効いたキャンバス素材を使っている。想像以上にシティに寄せたワークウェア。東京を根城にするワーカーたちに意外とぴったりな制服なんだなぁと。だから、『これをキャンバスに自由にプリントしてほしい』と依頼されたときに思い浮かんだのは、スパイスの効いたデジタルなグラフィック。ワークウェアなのにライトなムードがさらに都会的なムードに落とし込むことができるんじゃないかと」
2Fの「Trash Gallery」には、スケート好きの古川さんらしくスラッピーカーブも備わる。行き詰まったときは、ちょっと滑ってリフレッシュ。ジャケット「City Hunter PO」¥14,300、インディゴデニム生地を使ったペインターパンツ「Charlie Pants」¥8,800
その工程はこうだ。デジタルデバイスでデザインしたグラフィックを一旦紙に出力。それをコピー機でスキャンして、デジタルに取り込み直す。それをシルクスクリーン用の製版に出力。それを使って、〈スミス〉のワークウェアにシルクスクリーンにプリントすることで、デジタルなものがアナログなものに変化するという寸法だ。
「デジタル特有の味気なさは、それはそれで魅力的ですが、人間の手で刷るという工程が最後はアナログというフィルターとなり、そのデザインに厚みが出てくると思うんです。それこそが“シルク”の醍醐味だと僕は考えていて。デジタルとアナログを行き来する時代に、これほどぴったりな表現方法はないなぁと。しかも、紙の印刷物やコットンボディのTシャツやパーカと違って、染め物などの生地の厚いワークウェアの場合、ブリード(乾燥)させたときにインクが染み込んで、グラフィックが上手に出力できないので、いつも以上に刷りの回数を増やしたり。市民権を得た形式的な“シルク”とは違って、ああでもないこうでもないと即興性が出てくるのも面白いんですよ」
ワークウェアは着れば着るほどに体に馴染み、味が出るのが醍醐味だとみんなは言うけれど、こうやって自分で考えたグラフィックを“シルク”でカスタムするのも〈スミス〉のワークウェアを楽しむ方法かもしれない。それにもし失敗したとしても前のグラフィックの上からペイントオーバーしたっていい。自分が気に入ったモチーフを体に彫っていくように、世界に一点だけの〈スミス〉を作ってみないか?
高円寺のセレクトショップ『KIOSCO』とポップアップをやったときに、店主兼〈RWCHE〉のデザイナー、後藤さんと一緒に作ったビデオテープもIPMatter製。パッケージやステッカーのホログラムプリントも実は“シルク”。しれっと記載された〈NERDSONWAX〉は、グッズ製作における古川さんの人格のひとつ。
古川正史
1985年、東京都生まれ。グラフィックデザイナー・シルクスクリーンプリンターとしてIPMatterを2021年末に立ち上げる。スケート歴は20年以上。MFRKWや©︎P名義での活動でシルクスクリーンから映像・ウェアへの出力と表現方法は多岐に亘り、さながらアーティストの風格も漂うが、本人曰く“アーティスト希望”とのこと。
IPMatter SUPERSTORE
http://ipmattersuperstore.com/
オフィシャルインスタグラム@ipmattersuperstore