ERな人 VOL.50 須田 悦子 (Heronオーナー)

ERな人 VOL.50 須田 悦子 (Heronオーナー)

photo, text, edit by NAOKI KUZE

 

 1906年に創業したアメリカンワークブランド”SMITH’S AMERICAN”(以下スミス)。1970年台に日本で流通するとリアルワーカーからアメカジフリークまで、ジャンルレスに様々な人々に愛され続けてきたブランドです。このウェブマガジン「ERな人」では、そんなスミスを身にまとった現代で様々な役割を持ち活躍する”ERな人”達の仕事やライフスタイルをご紹介していきます。

かぶと山から見下ろす久美浜湾のほとりに佇む宿”waterside cottage Heron”

 

ー以前は神戸にお住まいだったようですが、久美浜に移り住むきっかけとは?

須田 悦子 (以下 須田): 仕事がきっかけなんです。生まれは岡山で、大学進学と同時に神戸にやってきました。卒業後は出版社に入社し、ライフスタイルを取り扱う雑誌の編集者として社会人のキャリアをスタートさせたんです。最終的にはその雑誌の編集長も務めさせていただいたんですが、36歳の時にフリーランスに転身したんです。そしてその時にお仕事で声を掛けてくれたのが株式会社ボーイズさんで、色々なプロジェクトに携わらせてもらっている中でオーナーさんが地元の丹後で物流やカフェなどのプロジェクトを進められていたんです。その流れでホテル事業もスタートをされることになったんですけど、ホテルをやるなら宿直で働ける人材が必要だということで「田舎暮らししたい人はいるか?」と。家族のいない身軽な私が「はいはいはい!」と立候補したことで神戸から久美浜に移住し、ディレクションをさせていただくことになったんです。

 

ー仕事内容も、お住まいの環境も大きく変わることになったんですね。どのようにホテル事業を運営されて行かれたのでしょうか?

須田: オーナー自身がホテルを経営したことがないからこそ私に任せて下さったんですが、私自身もホテルを経営したことなんてないし、雇用していた人もほとんどが地元の人でホテル事業なんてもちろんしたことないっていう状態だったので、会社の敷地内に住まいながら手探りではありつつもボーイズさんがホテルを作るならこんな感じかな?ということを念頭においてホテルの世界観を構築して、具体的に各所に落とし込んでいきました。ボーイズのことを意識して取り組んでいましたが、提案したことに対してオーナーは基本的には「そやな」と肯定して任せて下さったんです。本音は「どうせ反対しても言うこと聞かんやろ」と思われていたと思いますが、結果的には私がやりたいことをやらせてもらっていましたね。それがHOLIDAY HOMEという施設でした

ー前職のホテル事業から独立されて、現在須田さんはご自身でまた新たな宿泊施設”watersidecottage Heron”を立ち上げられましたがその経緯を教えてください。

須田: 13年間HOLIDAY HOMEに関わってお仕事をさせていただいたのですが、先代のオーナーが亡くなられたタイミングで私も独立することにしました。岡山から久美浜に両親を呼び寄せ、家を買って改装し、両親はそこに住んでいました。将来的に一緒に住めればなと考えていたんです。なのでこの久美浜から離れる選択肢はありませんでしたし、新たに私自身の事業の拠点となる居場所を作りたかったんです。まあ誰もが私の選んだ行動に反対しました()。こんな誰も知らない集客力のないところに何をやってもお客さんは来ないだろうと。でも私は挑戦したかったんです。お陰様でそこそこの退職金は頂いていたのでそれをベースにやるなら今かなと。仕事を辞めて退職金と年金で暮らす選択肢ももちろんあったんですが、60歳前でまだ何も成し遂げてもいないのにリタイアする考えはなかったんです。それでこの場所で将来の事業のベースキャンプとなる居場所を作ろうと59歳の時に起業したんです。私は建物が好きなのでまずは建物を作りたいと。それだけでは儲からないので今の私に何が出来るかを考えたんです。HOLIDAY HOME経験してきた宿であれば自分でも出来るんじゃないかなと。2部屋ならなんとか回すことが出来るんじゃないかと。このHeronをスタートし今に至ります。そして今もなお、私に何が出来るのかを模索している最中です。

 

Heronには平屋建てのツインルームが2室用意されている。木材には杉材を、壁には竹を編み込んだ本漆喰チョイス。全て天然素材を用いた温かみを感じる空間。

 

部屋に設置された開放的な窓からは久美浜湾に続く川を挟んで、向かいは江戸時代の材木問屋だった建物。古き良き日本の景観を穏やかな水の流れとともに堪能することが出来る。

現在も現役で使われている舟屋。中には昔から使われている丸子舟が停泊している。

 

 

ーこのロケーションの規模をワンオペで回されているのが驚きです。

須田: 全然余裕は無いんです。個人事業主になるのも初めてだし、コロナ渦に入ってしまったり、宿の仕事は働く時間が特殊でパートを募集してもなかなか続かないんですよ。一般的なパートの方は日中働きたいと思うんですけど、宿の仕事は朝や夕方以降がコアタイムなので、子持ちの家族のお母さんだと子どもを預けてからじゃないと働けなかったり、家族の夕食を作らないといけないので夕方までしか働くことができなかったりがほとんどなんです。そうすると私がサポートして欲しい時間にパートさん来られないんですよね。そうなると私の年齢も66歳で体力的に週1ぐらいは休みたくなってしまうので、色々と壁にぶつかりながらやってきています。それなのに私は建物が好きなのでやりたい衝動が先行してすぐに新しい建物を作ってしまうんです()。温室を作ってみたり、物置を作ってみたり、厨房をもう一つ作ってみたり…()。やりたいことのアイデアは沢山あるのでそのやりたいことのために先に作っちゃうんです。建物だけでなく庭も好きなので景色を作ろうとして庭も作ったり。それより先に事業を作りなさいとコンサルの先生にはよく言われています()

LES HALLES PAINTER / BLACK

 

 

ー須田さんがHeronを運営するにあたり影響を受けたカルチャーや経験を教えてください。

須田: 前職のボーイズお仕事でヨーロッパに出張に行く機会が多く、その中でも田舎の町に赴くこともあったんですけどヨーロッパのブランドの本社は田舎にあるのが普通なんですよ。でも田舎だからといってブランドの人たちは悲観なんてしていないし、ちゃんと人をもてなすっていうスタイルを持っているんです。そういった経験は実際に現地を訪れたからこそ知り得たカルチャーですね。雑誌の仕事していた時から沢山の素敵な生活やカルチャー持つ人々にお会いして学びを得てきたので、その学びや経験が現在の私の感性となって残っているのかなと思います。HOLIDAY HOMEを作るときはコンランや、海外のインテリアの雑誌を買い漁って気になるところに付箋を付けて、このディテールをどこそこに活かしたい!なんてこともやっていた頃が私の原点ではあったのかなと思います。庭に関しては建築家・吉村順三と一緒に庭造りをされていた金子先生に色々なお話を聞かせて頂き、多大な影響を受けていて、HOLIDAY HOMEをリニューアルする時もだし、このHeronを作る時もそのエッセンスが入っているかなと思います。Heronを作るにあたって明確にモデルにホテルはなく、Heronが位置する風景に合ったものを作っていくしかないかなと思って取り組んでいます。HOLIDAY HOMEはかぶと山の拓けた森の中のイメージを大切にしたかったし、こっちのHeronに至っては水辺なのでどうあるべきかということを考えました。ビジュアル本は沢山読むので日々インプットされていくものが今までの経験と混ざりあってアウトプットされていく感覚ですかね。周りの人からは須田ワールドって言ってくださることもありますが、私自身としては自分でそんな世界観を作れているとはちっとも思えないんです。このHeronの建物も好きかと聞かれたら、すっごく良いでしょ!」って言うほど気に入っても無いんです()。個人的な好みだとペタッとした平屋の方が好きなんです。平屋で庭があって外が拓けているのが理想なので、多分そんな家をまたいつか作ることになったらいいですね()

 

レストランとショップスペースを併設したこちらの建物は、元々は農具舎を移築する予定だったが、途中で移築できなくなり新たにほぼ同じ構造で建てたもの。

 

Heronのコンセプトはどのように決められたんですか?

須田: Heronに訪れてくださる方には、暮らすように過ごして欲しいと思っているんです。この田舎の自然に恵まれた場所で暮らすということが、人を絶対に豊かにするということを私は信じているので都会は働く場所だけど暮らすのであれば、自然に溢れた景色の良い場所で暮らすことが豊かさに繋がるということをここで伝えたいんです。ここで振る舞う料理も料理人とは言えない私が作っているのですが、小さな菜園で育った野菜は素人作りでも新鮮で、私が食べる限りは味わい深くて本当に美味しいと思います。その喜びを訪ねて来てくれた方には伝えたいです。Heronで提供する料理はそうでありたいんです。料理を振る舞う時は可能な限り外で提供をするんですが、外で風を感じながらの食事は季節を感じることも出来て美味しさにも繋がるし、幸せで豊かな気持ちになれるんです。「Sense of wonder」の感性を皆さんには久美浜で呼び覚まして欲しいと思っています。雑誌の編集者として働いていた時から色んな情報を収集して「これ良かったよ!」って情報を読者に伝えていた感覚が私には残っていると思うんです。雑誌という媒体を通して伝えて来たことが、今は宿を通してアプローチするようになったいう感じですね。料理に関しては専属で料理人を雇いたい想いはあるんですが、ただ美味しい料理を作る人ではなくHeronの菜園で育てた野菜を見て「今日はこれが美味しそう」って料理に使うような人が良いんです。なかなかそんな人は少ないんですけどね()。この機会なんでこの記事を見てくれた人で共感してくれる人は是非立候補してもらえたら嬉しいですね。継承者も募集中です()

須田さんの愛犬レオン。須田さんのことが大好きで調理中もご機嫌で須田さんのことを見守っていた。

取材当日はHeronの定休日だったが蟹・海老・貝を使ったパエリアと自家菜園で採れた人参と玉ねぎのローストを振る舞ってくれた須田さん。素朴な味付けながら素材の味が濃く、食材の旨味を強く感じることが出来るHeronならではの逸品だった。

 

Heronを始められてやりがいを感じる時は?

須田: あまり深く考えたことはないのですが、私がこだわっているところに気付いてもらえたり、ここ見て欲しいな、ここ良いでしょって思うところに気付いてもらえた時は「良かった」って思いますね。庭で育てた人参を食べて「美味しい~」って喜んでもらえるのも嬉しいし、お花を生けた時に「この花は涼しく見えますね~」って言われると「そう!涼しく見せたかったの~」って嬉しくなりますね()。そんな人がリピーターになってくれるとどうしても慣れてきて気付きが減ってしまうので、また違ったところで楽しませてあげたい、それが一つのやりがいでしょうか。私は友達が多い方ではないので共鳴してくれる方と出会うのが喜びですね。今の環境は私が外に出て行けないので、私の元に訪ねてきてくれた方々に色々なことを逆に教えてもらうことが出来るし、そんなコミュニケーションを取れることもありがたいです。

 

Heronではショップも併設されていて、ホームグッズからフード、アパレルと幅広くセレクトをされていらっしゃいますがセレクトのコンセプトを教えてください。

須田: EVERYDAY CLASSIC」です。この言葉は前職時代に好きになったんですけどとても気に入っています。昔からあって日用品だから毎日使われるモノで、100年も200年も時を超えて使われているアイテムをセレクトしています。中には昔のものじゃなくて最近出来たものであったとしても100年先でも使われるであろうものを紹介していきたいと思ってセレクトしていますね。定番と呼ばれるアイテムもラインナップしているのですが定番で何が悪いんだと。定番であり続けるのはすごいことじゃないかと。定番であり続けるために変化しているアイテムもあるので生き残っているわけで、その努力もそのアイテムの魅力だと思っています。昔から同じことだけを続けて変化をせずに潰れていった老舗ブランドも沢山あるので、それぞれのアイテムには背景のストーリーがあるし、ストーリーがないアイテムには私は魅力を感じないんです。そして私は日用品が大好きなんです。オシャレしていく時に着る洋服より、毎日着る服の方が好きなんです。毎日着たい服であるべきだなと思っています。あとはセレクトしている全てのアイテムに共通しているのは私が使ったことがあり、着たことがあるモノだけを取り扱っています。昔ながらのやり方です()。私自身がお土産を選ぶときに、食べたことがないものを人に渡すことが出来ないんです。私が食べて「美味しかった!」って言えるものじゃないと渡すべきじゃないと思うし、お土産はそこが1番大事なんじゃないかと思っています。去年はガーデンピクニックと題して外で食事をするイベントを企画したのですが、またそういうイベントをした時に、そのままピクニックで使える商品をラインナップしてそのまま販売できるようなこともやってみたいと思っています。

 

新たに増設された建物。ショップとしての機能もあるが、天気が良ければピクニックをしたり、ワークショップなどのイベントも行うことが出来る。

須田さんのこだわりのセレクトアイテムの中にSMITH’SLes Hallesもラインナップされている。

雑貨、食品、アパレルなどジャンルレスに日用品として須田さんが自信を持ってオススメするアイテムがラインナップされている。

 

ーこだわりのセレクトアイテムの中でSMITH’S”Les Halles”をセレクトされていらっしゃいますね。なぜでしょうか?

須田: 今日はSMITH’Sのパンツに黒にはシャツを、ブルーにはボーダーのカットソーでコーディネートしたんですが、個人的にはSMITH’Sはシャツで合わせるのが好きなんです。他にもシャツに合いそうなワークパンツを色々と探していたんですけどしっくりくるモノがなかなか見つからなかったんですよ。やっぱりSMITH’Sのパンツのシルエットが良いなと思いましたし、100年を超える歴史ある背景にも惹かれました。それにたまたま古い友人がSMITH’Sの営業を担当していて、これは縁があるなと思ったのもきっかけの一つですね。自信を持ってオススメできるし、宿泊されたお客様にも大変好評で4本まとめて購入していかれた方もいるぐらいです。土が付いたり汚れても気にならないし誰でもはけるのが良いんでしょうね。プロが認める良い服なんだと思います。Heronのショップに並んでいても違和感なく自然と馴染んでいます。

LES HALLES PAINTER/ ROYAL

庭仕事や自家菜園を手伝ってくれている野村さんと夏に向けて新たな野菜を植える作業を行う

まるで漫才のような会話をしながら楽しそうに作業を行なう須田さんと野村さん

 

ー今後挑戦してみたいことを教えてください。

須田: 10月に久美浜の街で『絵本でまちづくり』イベントでパスカルズのライブや絵本原画展、刺繍のワークショップなどを予定していますが、Heronでもちょっとした楽しいことを企画していきたいなと思っています。今は9割の作業をワンオペでこなしているので人員面を整える必要はあると思うので、さっきも言いましたが一緒に働きたいって手を挙げてくれる人がいたら嬉しいですね。その他にやりたいことは、一級船舶免許を取得して、お客様を乗せてHeronから久美浜湾をクルーズしたいんです。久美浜湾には遊覧船があるんですけど決まったところしか回れないんです。でも一度近所のおじさんに船を出してもらって久美浜湾の岸をぐるりと巡ってもらったらとても素敵な景色に出会えたんです。その時の感動がとても大きくて、その体験をHeronに訪れた方にも一緒に味わってもらいたいと思っているんです。ただそうなると私一人でここを回しているので、クルーズ中は誰が宿を見るの?って()下手したらレオンにお願いすることになるかもしれませんね()

 

 

 

 

 

 須田 悦子 @watersidecottageheron

Heron オーナー

岡山県出身。ライフスタイル雑誌の編集長を経てHOLIDAY HOMEの立ち上げに参画。58歳で退職後、翌年久美浜湾のほとりに2室だけの小さな宿”waterside cottage Heron”を開業。66歳となった現在は全ての業務をほぼ1人で手掛けている。

http://heron.jp

 

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LES HALLES PAINTER / BLACK 

LES HALLES PAINTER / ROYAL

 

 

 

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