ERな人 VOL.23 KEISUKE SAITO (Osteoleuco / MGF)
photo, text, edit by NAOKI KUZE
1906に創業したアメリカンワークワークブランド”SMITH’S AMERICAN”(以下スミス)。1970年台 に日本で流通するとリアルワーカーからアメカジフリークまで、ジャンルレスに様々な人々に愛さ れ続けてきたブランドです。このウェブマガジン「ERな人」では、そんなスミスを身にまとった 現代で様々な役割を持ち活躍する”ERな人”達の仕事やライフスタイルをご紹介していきます。
ー長年ミュージシャンとして、オステオロイコやMGFとして、またはソロ名義で精力的に音楽活 動をされていますが、昨年からは画家としても活動を開始されていて、なぜ音楽とは別に新たなア ウトプットの手法として絵を選ばれたのか聞かせてください。
KEISUKE SAITO (以下ケイスケ): 単純明快なんですけど、ズバリ出来ることだったからなんですよ ね。できないことはマジで出来ないし。絵は小さい時からノートに落書きを描いたりしていて、 実は音楽と同じくらい身近な存在ではあったんです。ただ僕は自分自身のことを”音楽家”だと決め つけてたのでアウトプットとしては音楽ばかりだったんですけど、2022年の1月にふと絵を描いてみようと思って実際に描いた作品をSNSで発信し始めたら楽しすぎて。
ケイスケさんのホームタウンでもある自由が丘のカレー屋”usubane”で開催されていた個展 ”Soft Phychedelic 3 (EU後展)”
ーケイスケさんの使用されている画材はパステルですがなぜパステルを使用されているんですか?
ケイスケ: 「絵を描こう」って思った時に一番手っ取り早く集められる画材が100均で売ってるパステルだったんですよ。初めの1年間ぐらいはほぼ100均の画材だけでやってましたね。アクリル画とかも考えたんですけど、アクリルだと絵の具と筆も買わないといけないところパステルだと パステル一本でも描くことが出来るので、僕にとって絵を表現する最速最短距離がパステルだったんです。
ケイスケさんが愛用している画材。3枚目は売れた絵のギャラで購入したアップグレードされたパステル
ーSNSを拝見しているとパステルでただ線を描くだけでなく、茶漉しで削り粉状にして指で擦っ たり、叩いたりとパステルで描く手法も様々ですよね。こういった技法はどのように学ばれたのですか?
ケイスケ: はじめは調べたりしたこともあったんですけど、基本的には”想像”ですね。「こうやったらこうなるんじゃないか?」っていう感じで毎日作品を描いてパステルと対話しながら色んな技法を体得していきました。あんまり調べすぎるとみんなとおんなじ表現になってしまうし、長年 音楽をやってきた経験上わかんなくても良いから閃いたらどんどん形にしていくと良い方向に向かっていくことばかりなので、だからあえてあんまり調べたりしないで思い描いた方に「これで良 いんじゃない?」って感じでやってきていて。その中で自分の中にあるイメージを放出する経路みたいなものを見つけたんだと思います。
ー最近のケイスケさんが発表される音楽や絵は良い意味で以前に比べるとどんどんカジュアルになっていて、音楽や絵に詳しくなくても自然と人を引き込む魅力を放っている印象です。
ケイスケ: 今までは自分の”100点”を見せようと活動してきたんですけど、今は自分の”カス”な部分 を見せていこうとしていて、出来ないところに面白い芸術性が宿っていると思ってるんですよ。それは何でかっていうと最近の自分は、自信を持って見せられるモノほどつまんないものはないなと思うようになってて。”自信がある”っていうことはどういうことかというと、”誰かと似てる”と か”みんなが良いねって思いそうなもの”のことで、だからこそ自信が生まれるんですよね。でもそういうものって既視感があってつまんなくて。だから僕は自分の作品で全然良くないと思っているものほど逆に世に出していて。そうすると逆に「良いね」って言ってもらえることが増えてきて。だから絵なんかは作家として僕はキャリアもまだまだ短いし「なんだこれヘッタクソだな (笑)」とか自分で思ったりしても、SNSで作品を発表すると買ってくれる人が現れたりして。これって超おもしろい体験なんですよね。「なんでこんなヘタクソな絵を買ってくれるんだろ う?」ってなるんですけど、それは僕が今まで内面的に切り離していた価値観を、別の側面から 見てくれている人に「良い」って光を当ててもらえることで影になっていた価値観の宇宙がどんどん広がっていっている瞬間なんですよね。だから音楽でも今まではフロウもリリックもバッチバチ に考え抜いて制作していたんですけど、最近は朝起きて一発目に”Rec.ボタン”を押してフリースタイルでボーカルのレコーディングをしたりしているんですけど、そうしたら俳優の松重豊さんのラ ジオ番組で、朝起きて歌詞も用意せずに寝起きのフリースタイル一発録りでリリースした”モネダリ"という曲を気に入ってくれて紹介してくださったんですよ。しかも今度その松重さんのラジオ番組の中でライブ出演までさせてもらうことになってて。
ーケイスケさんは春からもまた面白いプロジェクト”ネオヒッピープロジェクト”を始められていま すよね?”ご飯と宿”を用意してもらう代わりに”音楽と絵”でお礼をするというこの企画はどのよ うにしてスタートしたのでしょうか?
ケイスケ: 僕の誕生日でもある4月20日にオステオロイコというユニットの相方のシモンに映画を奢ってもらったんですけど、その映画が簡単にいうと、あるデザイナーが色々な旅を通してその先々でインスピレーションを得るドキュメンタリームービーで、その映画を観終わった後にシモン から「ケイスケも旅しなよ♪」って言われて、次の日に本当に「僕はこれからを旅をします」って SNSで発信し始めたのが始まりですね(笑)そこからSNSでメッセージをくれた人のところへ会いに 行くので”ご飯と宿”を用意してもらう代わりに”音楽と絵”でお礼します。っていう内容の”ネオヒッピープロジェクト”がスタートしたわけです。
ー実際に”ネオヒッピープロジェクト”がスタートしてみて、メッセージって来るものなのでしょう か?思ったり少ないですか?それとも多かったですか?
ケイスケ: 結構来るんですよ。見ず知らずの人でもメッセージくれて、スケジュールなど条件がハ マればその人の元へ旅に行くので、友達や仕事仲間からは「ケイスケぶっ飛んでるな!」って言わ れることも多いんですけど、僕としては本当に一番ぶっ飛んでるのは僕のことを受け入れて泊めたりご飯を用意してくれるこの企画の賛同者の皆さんだと思ってます(笑)。
”Soft Phychedelic 3 (EU後展)”の最終日はオステオロイコのライブも開催された。
ーネオヒッピープロジェクトで旅に出られている時SNSで常にスマートフォンのカメラで動画を まわされているので、SNS越しに観ている視聴者もケイスケさんの旅を擬似体験しているような感覚になります。旅をされる場所は都内近郊もあれば島だったり、最近ではヨーロッパにも旅されていましたが、行く前と行った後で心境の変化などはありましたか?
ケイスケ:僕の音楽や絵を受信してくれてる人と会えるのは基本的にはライブ会場やギャラリーだけです。僕のテリトリー化している会場に来てもらうので、会話の内容は基本僕の世界感がベースになりがちです。でも”ネオヒッピープロジェクト”では僕が行きます。しかも家にです(笑)。モロ に相手のテリトリーですよね(笑)。完全に招待してくれた人の世界に飛び込む感じです。これは普段のライブや展示とは全く違う体験なんです。僕が発信した音楽や絵という信号が、会ったこともないどこかの誰かの日常にどう影響しているのかをはっきりと目の当たりにする感じです。い つも音楽や絵を制作しながら「これどんな人に届いてるんだろうなー」とかちょっと考えたりするんですが、その世界に実際に行ってみると、まるで映画の中に入り込んでいるような感覚になり ます。「うちに来ないか?」と招待してくれる人は今までみんな優しくて感謝しかありませんが、 旅をしている時は因果関係の壮大な渦に圧倒されてそれこそずっとトリップしている感じです(笑) それがどうこうって話ではないですが、単純にめちゃくちゃ楽しいのでやっています。楽しいと心も躍るので制作も捗りますね。
ーヨーロッパの旅では、パリの劇場に立って舞台公演をされていましたね。
ケイスケ: パリで活躍している日本人俳優カズキ・テラモト君という方がいまして、元々は彼とオステオロイコの相方シモン・ホシノが舞台を制作していたんです。 その中でKazukiくんがオステオロイコの結成ストーリーに興味を持ってくれて、パリで舞台をやってみないかと誘ってくれたんです。 その”オステオロイコ”っていうのは僕が10代の時に経験した2つの癌、“オステオサルコーム(骨肉 腫)”と”ロイコミー(白血病)”を組み合わせた造語なんですが、 その経験がのちに相方のShimonと出会うきっかけにもなっていて、2人でいろんな冒険をしながらパリまで辿りついたんだっていうストーリーを舞台形式でライブしてきました。
オステオロイコの相方のシモン・ホシノさん
この日はお店のオーナーでありドラマーでもある薄羽さんもカホンでオステオロイコのライブを盛り上げた。
ーその舞台でのお客様の反応はいかがでしたか?言葉の壁のようなものはありませんでしたか?
ケイスケ: 日本でのライブと違って、曲に入る前に”世にも奇妙な物語”のタモさんみたいにストーリーテラーのような形で曲の合間に先程のユニット結成にまつわるストーリーや曲のストーリー を英語で話してから曲に入ったんですけど、日本だと普通は曲間のMCは曲を盛り上げるために話すことが多いんですけど、パリでの公演では「俺の話を聞いてくれ」って感じでじっくりと観客の皆さんにストーリーを伝えて、シモンの生ピアノ+僕のマイク1本だけっていう超絶シンプルな”1ピ アノ1MC”スタイルで舞台に立ってきました。僕は終始、この夢のような舞台が初体験すぎてずっと痺れるような高揚感でいっぱいでした。終わった後に歓談の時間があったので観客の方と拙い英語でお話ししたんですけど、「病気のことは本当なのか?生きているって本当に素晴らしい ね!」ってみんないってくれて、僕としては音楽活動を通して一番伝えたいことはまさに「生きてるって素晴らしいね」ってことなので国や人種が違う環境でもしっかりとメッセージが伝わって いたことが本当に嬉しかったです。最後に演った曲もみんな一緒に歌ってくれてましたしね。このまま僕たちは僕たちらしく続けていけばいいんだなって自信にもなりました。
ライブ後は来場者と交流。会場は温かいムードに包まれていた。
ー今後の目標ややりたいことはありますか?
ケイスケ: ずっと前から構想してたんですけど、ドキュメンタリーフィルムを作りたいと思ってま す。”ネオヒッピープロジェクト”でずっと動画を回しながら旅をしているので膨大な量の動画をストックしているんですよ。なので”ストーリーズ”っていう名前のドキュメンタリーフィルムで縦型画面の映画を作ろうと思っています。あとは次のアルバム制作にも入りたいし、ヨーロッパではパ リ・チェコ・ドイツ・スペインと回ってきたんですけど、それぞれの国のアーティストともコラボ レーションしていて、そのコラボ楽曲の制作もしないとだし、やりたいことは全部やりたいですね。”ネオヒッピープロジェクト”で受け入れてくれるところもいつでも募集してますしね。それすらもしっかりドキュメンタリーフィルムの製作作業なんで(笑)
ビーニー(ユーズド) / サングラス (クーティープロダクションズ) / Tシャツ (オステオロイコ × アキラハジメ) / ペインターパンツ (スミス) ¥29,700) / スニーカー (アディダス)
ー最後にミュージシャンであり、ドローイングアーティストであり、ネオヒッピーでもあるケイスケさんは様々なお顔をお持ちですが、あえて肩書きをつけるなら何ていう肩書きになりますか?
ケイスケ: 癌を克服したら「癌サバイバー」なんて言いますけど、そもそも生きていくこと自体が大変なサバイブだと思ってます。僕の全ての行動は人生を自分なりに生き抜くためにやっているので、真面目に”サバイバー”ですかね。僕はそれでしかないと思っています。
KEISUKE SAITO @ksk_420
シンガー / ラッパー / トラックメーカー / 画家 / 癌サバイバー / ネオヒッピー (旅人)
骨肉腫、白血病から生還したアーティスト。 2016年、曽我部恵一主催のローズレコーズよりラップクルーMGFのKSKとしてデビュー。ユニッ トではトラックメーカーとMCを担当。1stアルバム「Float in the Dark」収録曲「優しくしない で’94」が話題となり雑誌やテレビなど多くのメディアに取り上げられる。現在までにMGF名義で リリースした全曲の総再生数は300万回を超える。また、フランスを代表するスポーツブラン ド”le coq sportif”とのコラボレーションアイテムをBEAMS Tからリリースするなど、音楽に留まら ずファッション面においても活動の幅を広げる。
2019年にはピアニスト・Shimon HoshinoとオルタナティブユニットOsteoleuco(オステオロイコ) を結成。ユニット名は自身が経験した癌、”オステオサルコーム(骨肉腫)”と”ロイコミー(白血 病)”を組み合わせた造語。2022年にはRYO-Z(RIP SLYME), おかもとえみ、ロザリーナ、KAINA、 三好広顕(Cootie Productions)をゲストに招いたアルバム「いっそ死のうか、いや創ろう。」をリ リースし、これまでに3枚のアルバムと19曲のシングルを発表。その他、アーティストやファッ ションショー、商業施設への楽曲提供も行う。 2022年からは画家としての活動もスタートし、現在までに330点以上の絵画を制作。自身が主催す る絵画展”Soft Psychedelic”は2023年7月までに東京各地で3回開催。その他、”言い値Drawings”と 称しSNSでフォロワーの好きな値段で絵を販売する取り組みも行う。 2023年5月から「ネオヒッピー」と称して、リスナーやファンの家に泊めてもらう旅を開始。 自身の創作物が及ぼす影響を観察し芸術の可能性を探求する。
2023年6月にはフランス(パリ)、チェコ(プラハ)にて自身のキーメッセージである「All Led By Love(すべては愛に導かれている)」を題した舞台も敢行。音楽、絵画、そしてダンスや朗読を織り 交ぜた自由なアート表現に挑戦する。